アパート イン……

 年末の大掃除もむなしく、たった三ヶ月であっという間に散らかってしまった。いや、これでいいのだ。三ヶ月良く頑張ったじゃないか。彼女、桜さんの気持ちには十分に報いた。自分の部屋を見ながら、途方にくれる必要なんてないんだ。
 ここは、築三十年以上のワンルームアパートの一室。とにかく散らかった部屋を見ながら、栄太は気持ちの悪いにやけ顔を浮かべていた。栄太は『アレ』を探そうと一念発起して掃除してみたはいいが、掃除をするどころかますます散らかってしまった。『アレ』とは、非売品の、メーカーオリジナルのプレミアもののフィギュアで、その業界のマニアはいくらつぎ込んでも惜しくないという代物である。が、栄太の頭の中は、年末の大掃除以来フィギュアから、メイド清掃サービスの桜に置き換わってしまっていた。
「別に見つからなくても構わない。今日この部屋で寝る場所を確保できなくても。桜さんに会える喜びに比べれば大したことはないんだ」
 栄太は窓から、空を見る。夕焼けがオレンジ色に空を焼いて、遠くから子どもたちの笑い声が聞こえてきた。アパートの前の長い登り坂を、スカートの裾を汚さないように、ゆっくり上ってくる桜を想像する。『桜さーん』と栄太が声を掛ければ、桜は栄太を見上げて、にこりと微笑を浮かべてくれるのだ。
「そうとなれば、早速電話を」
 部屋に向き直して、栄太は気がつく。携帯電話さえ見当たらないことに。カラスが「カー」と鳴いたのが聞こえる。
「桜さん、あなたはそうやって僕に試練を与えるのですね。ですが、乗り越えられない試練を神は与えることはないのです。負けませんよ」
 栄太は窓から夕焼けの空に嘆きを投げた。栄太の目の前で、電線に横一列に並んで、「カーカー」うるさく鳴こうとしていたカラスたちが一斉に黙り込む。次の瞬間、カラスはクイッと栄太の方に顔を向ける。目が合う。英太の背筋にぞっとするものが走ったかと思うと、
「カー」
 そのカラスは一際大きく鳴いて飛び立っていく。カラスたちは、そのカラスに連なるように一斉に山に向かって、飛び去っていく。
「カラスの呪いごとに、僕は負けません」
 英太は前髪をかき揚げると、携帯電話を置いたであろう布団の周りを重点に探す。三ヶ月も敷きっぱなしの布団の周囲は、週刊誌の始めとする雑誌の山に、カップ面の残骸、脱ぎ散らかして放ったらかした服で覆われてしまっている。
「こうしてみると桜さんに会うためによく散らかしたし、桜さんの言葉を守って、よく三ヶ月も守ったよな。偉いわ、俺」
 栄太はしみじみと頷く。
『いいですか、栄太さん。どう考えても、これからはエコの時代であるんです。必要のないものは買わない。使えるものは何度も使う。使わなくなったものはリサイクルに。溜め込んだって仕方ないんですよ』
 桜は頬を膨らませて、腰に両拳を当てて、栄太を覗き込みながら話した。
「わかってますよ。でも、こういう状況ですから、いいですよね」
 英太は服の山からちらりと出ていた、携帯のストラップを見つける。
「僕は桜さんのおかげで、フィギュアの世界から抜け出すことができたんだ。年末の大掃除以来、『アレ』がどこに行ったのかわからないけど、僕には桜さんがいる。桜さん。今、電話しますね」
 英太は電話を掛けると呼び出し音が続く。栄太の心臓の鼓動が高鳴る。
『ハイ。メイド・クリーニングサービスです。いかがしました、ご主人様?』
 まだ幼さの残る高い声が、携帯から栄太の耳に響く。が、これは桜さんじゃない。栄太ははやる気持ちを抑えて、なんとか言葉を発する。
「え、えっと。へ、部屋の掃除を」
「ご主人様のお部屋を、お掃除させていただけるのですね。ありがとうございます。ご主人様のご用命は初めてになりますか?」
「いや、前に桜さんに……」
「桜ですね。桜は年末までで、他のご主人様から暇を頂戴しております」
「い、暇?」
 栄太の頭の中が真っ白になった。
「はい。別の者をよこしましょうか?」
「それで、桜さんは?」
 英太は食い下がっていた。
「それについては、ご主人様が一番ご存知だと思います」
 明るい声がますます栄太をいらだたせる。
「桜さんは戻ってくるんですか?」
「年末の突然のことでしたので。あ、でも、何か大きな収入があったとかでって、あ、今のは忘れてください。ご主人様」
 電話の向こう側が、失敗したような声色になる。栄太にはそんなことはどうでもよくて、「わかりました」と電話を切る。
「桜さん」
 栄太は窓の外を見た。夕焼けの空にメイドの桜の笑顔が映る。
「どうしてですか?」
 こんなときは『アレ』を見て、慰められたものだが、それも今はどこにあるのか――。
「いや、もう『アレ』のことは忘れよう。それより」
 英太は一大決心をして、アパートを飛び出す。
「こうなったら、メイドなら誰だっていい。慰めてくれ」
 英太はもう日の落ちた夕暮れの中、メイド喫茶を目指した。遠くでカラスの鳴き声が聞こえた。

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