クリスマスとアイアンクローとハバネロと

「部長、聞いてくださいよ。昨日うちの娘、中二なんですけどね、『お父さん、クリスマスはチワワでいいよ』なんて、言ってきたんですよ」
 三橋は職場に入るなり、コートを脱ぎながら、窓際のデスクに座る部長に泣きついた。部長は分厚い書類を読むのをやめて、コーヒーをデスクにそっとおいた。そしてメガネ越しに三橋を見上げる。
「中二で、クリスマスにちくわ?」
「部長、親父ギャクはいりません」
 三橋は冷静に切り返す。
「ノリが悪いな。三橋は」
「本気で悩んでるんですよ。目に入れても痛くないほど、可愛かった娘が、まさかチワワをねだるなんて」
「散々甘やかしてきたツケという奴だ。うちのように厳しくしつけていれば、そんなものをねだるなんてことはない。逆に『プレゼント何がいい?』と聞いてくるくらいだからな」
 部長は胸を張りながら、笑ってみせる。
「部長の娘さんて、キャバ嬢でしたよね? それって、顧客から貢がせたプレゼントの中から、部長へのプレゼントを」
「三橋、それ以上言うな」
 部長はデスクチェアを回して、三橋に背を向けて、朝陽の降り注ぐ窓から街並みを見下ろした。通勤ラッシュの渋滞と急ぎ足で歩く通行人が見える。
「お互い、苦労しますね」
 部長は何も言わなかった。その代わり、「それ以上、言うなと言ったはずだ」と背中が語っていた。
「部長、コーヒーのおかわりは?」
 OLの桜井が歩みよってきた。
「ああ、頼むよ」
 部長が振り返える。桜井は部長と目が合って、ちょっと微笑んでみせた。その表情の変化を見逃さず、
「それなら」
 と三橋もついでに頼もうとしたが、
「三橋さんはご自分でどうぞ」
 桜井はぷいっと行ってしまった。
「相変わらず、連れないね」
 三橋は苦笑するしかなかった。
「三橋、無駄口はそれくらいにしておけ。クリスマスはすぐそこだ。緊張感を持って今日も仕事にあたるぞ」
 部長の眼光が鋭さを増した。
「秘密結社『鉄の爪団』ですね」
「そうだ。今年も予告状が届いた。これだ」
 部長が赤と緑のストライプのカードを三橋に見せる。
『サンタの袋はすべていただいた。あと、おきさん大回転をクリスマスツリーに仕掛けたのでよろしく』
「おきさん大回転だなんて、何を考えてるんだ」
 三橋は部長のデスクを叩いた。
「そうだ。サンタの袋は諦めるしかないとしても、クリスマスまで血染めにするわけにいかんのだ。こちらとしてはもはや手段を選んでいる余裕はない! 場合によっては、『海上自衛隊』の大隅君にも協力を頼むつもりだ!」
「大隅さんですか。それは心強いです」
「私がこのまま、手をこまねいていると思ったら大間違いだ! 『鉄の爪団』の連中に一泡吹かせてやるんだ。いいか三橋!」
「部長、さっそく準備に取り掛かります!」
「頼むぞ、三橋!」
 そんなやりとりをコーヒーを淹れながら、桜井は「平和よね」と呟く。
 営業一課と三課は社内で、営業成績を競い合っていた。しかし、ここにきて、『鉄の爪団』こと営業一課は、大口の契約を達成して。サンタの袋である社長賞を掻っ攫っていった。部長率いる三課『ハバネロ団』は、クリスマス当日の大忘年会の主役まで、持っていかれるわけにはいかないのだ。ちなみに、『海上自衛隊』とは、ビル清掃の面々のことだ。
「でも、おきさん大回転って、なにかしら?」
 営業一課『鉄の爪団』のスパイ桜井は首を傾げた。
 年の瀬、一課と三課の最後の戦いが始まる。

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