大魔王の空中城、玉座の間――
「よくもまぁ、こんなところまでご苦労なことだ」
大魔王は玉座に座ったまま、勇者フランクフルトとその仲間たちを見下した。
「覚悟しろ、大魔王!」
勇者フランクフルトたちは、手にしていた武器を構えた。
「仕方のない奴らだ。人の城の中まで馬車で乗り付けるとは。親の顔が見てみたい」
「ここまでくるのにどれほどの時間と、犠牲があったことか。しかしそれもお前を倒せば報われる」
勇者フランクフルトは拳を握り締めた。
「勇者のクセに、人の話聞いてないだろう。まぁいい、軽く遊んでやることにしてやろう」
座ったままの大魔王の周りに、魔方陣が描かれていく。
「気をつけてください、勇者様。魔王は召喚魔法を使うつもりです」
女魔法使いミルが、フランクフルトに耳打ちする。
「ほう、よく分かったな」
大魔王はにやりと微笑んだ。
「スキありぃぃ!」
女武道家のフェイが大魔王の懐に飛び込もうと、神速の動きを見せる。
「甘い」
大魔王が人差し指を動かした。
武道家フェイの足元にスライムが現れた。
ツルン!
武道家フェイはスライムを踏んづけた。
そのまま、武道家はフェイは勇者フランクフルトの懐に飛び込んだ。
勇者フランクフルトは、不意をつかれた。
武道家フェイの唇が現れた。
武道家フェイは目を閉じている。
勇者フランクフルトは思わず目を閉じた。
勇者フランクフルトは武道家フェイを抱きとめる。
勇者フランクフルトはブチュと唇にゼロのダメージを受けた。
キスの味はレモンの味だった。
「きゃぁぁぁ!」
武道家フェイは悲鳴をあげた。
勇者フランクフルトは立ちすくんだ。
魔法使いミルは平気だった。
武道家フェイはアイアンクローを振り上げた。
勇者フランクフルトは立ちすくんで動けない。
ドカ、バキ、ボス、バコ!
会心の一撃が勇者フランクフルトの顎を捉えた。次の瞬間、武道家フェイの空中殺法が炸裂した。武道家フェイが止めの一撃とばかりに、勇者フランクフルトを足蹴にした。
大魔王はフランクフルトが踏まれるところを見て心もとない気分になった。
「フェイ! 何やってるのよ。勝手に抜け掛けしないでよね」
魔法使いミルが武道家フェイに詰め寄る。
勇者フランクフルトは瀕死に陥っている。
「いや、これは不可抗力という奴よ」
「ふん、どうだか。大方、スライムを踏みつけた拍子にでも、チャンスと思ったんじゃない?」
「大魔王を前にそんな余裕あるわけないでしょう!」
女二人のケンカは、馬車から女僧侶エニーを呼んだ。
勇者フランクフルトは瀕死に陥っている。
大魔王は勇者に同情している。
「ああ、勇者様。こんなお姿になって。今、私が快復させてさしあげますね」
僧侶エニーは、魔法使いミルと武道家フェイを出し抜いた。
勇者フランクフルトは、僧侶エニーに膝枕をされている。意識のないままチュッと神の祝福を唇に受けた。
「ここは?」
勇者フランクフルトは目を覚ました。
勇者フランクフルトは混乱している。何が起きたのか、分かっていない。
「ああ、勇者様。神の奇跡です。私たちの愛が、神の祝福を受けたのです」
僧侶エニーは感激している。
大魔王は無視されている。
「なにあんたまで、抜け駆けしてるのよ。私たちの協定は一体どこにいったのよ」
魔法使いミルは怒っている。
「いえ、私は勇者様を治して差し上げたのです」
僧侶エニーはしらばっくれた。
「嘘言いなさいよ、そんな魔法見たことないわよ」
「秘密の魔法ですから」
僧侶エニーはさらにしらばっくれた。
「あんたらね! 勇者様の出会いは、私にとって……絶対、これって運命の出会いに間違いないって思ってたのに!」
魔法使いミルは切れた。
魔法使いミルは混乱した。
最大級の火炎の魔法を唱えだした。
「どうしたんだ、みんな! 大魔王を倒せば世界が平和になるんだ。あと少しだ。頑張ろう!」
勇者はパーティに号令をかけた。
武道家フェイは頷いた。
僧侶エニーは頷いた。
魔法使いミルには聞こえていない。
魔法使いミルは頭上に大火球を作り出そうとしている。
「あの呪文はやばいって。勇者様、どうにしかしてください。この魔法はぜったいやばいです」
武道家フェイは馬車に逃げた。
僧侶エニーは立ち尽くしている。
大魔王は、「あと少しもなにも……」と、少しいじけていた。
勇者フランクフルトは、魔法使いミルの前に立ちはだかった。
「ごめん」
勇者フランクフルトは魔法使いミルの唇を奪った。
魔法使いミルは呪文の詠唱ができない。
できない。
できない。
できない。
息もできない。
魔法使いミルは正気に戻った。
「きゃあぁぁぁぁ」
魔法使いミルは悲鳴を上げた。
勇者フランクフルトは立ちすくんだ。
魔法使いミルは杖で、勇者フランクフルトの頭を殴った。
ドカッ!
勇者フランクフルトは戦闘不能に陥った。
「ど、どうしよう?」
魔法使いミルは立ち尽くしている。
「か、神よ。お助けください」
僧侶エニーは立ち尽くしている。
大魔王はあきれている。
大魔王は馬車馬を見た。
馬車馬が突然暴れ出して、その場から逃げ出した。
「う、うそ? 待ってよ」
魔法使いミルは逃げ出した。
「神よ。今一度チャンスをくださいませ」
僧侶エニーは逃げ出した。
大魔王は追いかける気になれなかった。
勇者たちは逃げ出した。
「やれやれ。勇者も十六番目ともなると、質が落ちたものだ。人間もそろそろ、静かにさせてくれないものか? もう私はただのガーデニングの好きな隠居というのに」
大魔王は、これまでに十六人に勇者を退けてきた。始めの勇者がやってきたときに、圧倒的な力の差を見せつけたら、勝手に大魔王に祭り上げられていた。それが面白かったので、適当に大魔王らしく振舞っていたら、本当に大魔王に――。
「せっかく空にまで、館を上げたというのに、勇者はついにここまでやってきたか。考えようによっては、しばらく退屈せずに済むか。マンネリは墓穴のもとともいったのは、いつの勇者だったか……」
大魔王はバルコニーに出て、下界の様子を窺う。
夕陽が沈む。バルコニーにある鉢植えで大魔王が育てた夕顔は、このときだけと風に揺れて咲き誇っていた。
大魔王はまだピンピンしている。
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