赤紙

 齋藤に赤紙が送られてきた。終業式から帰ってきたら、届いていた。
「赤紙ってあったんだ」
 赤点を取った者に送られてくる赤い封書の噂が、齋藤の通う高校にはあった。通称、赤紙。いつの頃から、その噂があったのかは分からないが、まことしやかに生徒たちの間で囁かれ続けてきたものである。この赤紙、無視すれば、即退学という罰則というおまけ付きなのである。事実、齋藤のクラスにはいつのまにか学校をやめた男子がいた。そんなに成績のいい奴じゃなかったから、「赤紙を無視したんじゃねえか」と噂がたった程だ。
 齋藤は最悪の気分で、冬休みを迎えた。

 齋藤の通う高校に、美咲という美人教師がいた。
「美咲先生の補習なら喜んでうける」
 そういう男子はあとを立たないが、その幸運が齋藤に目の前にあった。
 齋藤は教卓の前の最前列で、スレンダーな美咲の体を眺めていた。教室いは齋藤のほかに生徒はいない。
「齋藤君。どうして呼ばれたか、分かっているわよね?」
 美咲は齋藤に詰め寄った。齋藤は美咲から香ってくる匂いに頭がくらくらして頷くしかできなかった。
「よろしい。冬休みの間、齋藤君には私が徹底的に教えてあげるから、覚悟してよね」
 齋藤は真っ赤な美咲の唇から目が離せない。
「クリスマスに美咲先生と教室で二人っきり。こんなことがばれたら、非国民とか言われそうだな」
 羨む男子を思うと、顔がにやけてしまう。いらぬ妄想が齋藤の頭の中で広がっていく。
「齋藤君、聞いてますか? どうして、私の授業をうける男子はちゃんと聞いてくれないのかしら?」
 美咲は頭を抱えた。
「それは先生が魅力的だからです」
「そういう冗談を言う暇があるなら、集中なさい」
 美咲が齋藤の額をまっすぐ伸ばした人差し指で小突く。
「いや、それが出来たら苦労しませんよ。先生がご褒美にデートしてくれるなら、俺、めちゃくちゃ頑張りますよ」
 齋藤は冗談半分で言ったが、
「いいわよ。ケーキを食べに行くくらいなら付き合ってあげる」
「え? いいんですか?」
 驚く齋藤に、美咲は大きく頷いてみせた。そして齋藤の耳元で囁く。
「ただし、条件があるわ。今度の休み明けの実力テストで百点を取りなさい。教科は問いません。ただし百点以外認めません。あと皆には内緒ね」
「俺、頑張ります!」
 その日から、齋藤は猛勉強を開始した。美咲先生は俺とデートするために呼び出したんじゃないか、齋藤の頭の中ではそんな妄想が働いていた。

 休み明けの実力テスト。一番力を入れていた生物は、間違いなく、百点だと齋藤は思っていた。が、点数は九十八点だった。文章記述の問題の漢字を間違えていたのだ。
 放課後、齋藤は美咲から教室に呼び出されていた。夕陽が窓から差し込む中、赤いスーツ姿で美咲は毅然と立っていた。綺麗だ。教室に入った瞬間、齋藤はそう思った。
「よく頑張ったわね。斎藤君ならやってくれると思ってたわ。二週間で学年上位。他の先生も驚いていたわ」
 美咲の言葉に齋藤の顔から笑みがこぼれた。
「先生のおかげです」
 齋藤は百点は取れなかったが、密かに美咲からの何らかのご褒美を期待していた。この成績なら、何かしらあってもいいと。
「でも先生とのデートできないですよね。俺、悔しいです」
 齋藤は俯いた。美咲の同情を引くためだ。
「私もそこは残念だったけど、私は斎藤君が頑張ってくれて嬉しかったわ。だから、デートは無理だけど、ご褒美あげないとね」
 やった! 齋藤はうつむいたまま、拳を握った。
「顔を上げて、斎藤君」
 美咲の両腕が齋藤の腰に回ってくる。言われるままに顔を上げると美咲の目が合う。ムードを作ろうと齋藤は言う。
「先生、赤のスーツ似合いますね」
「ありがとう。これを着てきたのは、血が目立ちにくいからよ」
 美咲が笑ったかと思うと、齋藤の口は美咲の唇にふさがれる。次の瞬間、鈍い音がした。齋藤が目を見開いて、苦悶の表情を浮かべる。齋藤の上体が変な方向に曲がっている。齋藤は口をふさがれたままで、声を出せない。額から汗が雫となって頬を伝っていく。美咲は齋藤の舌を噛み千切る。
「おいしい」
 美咲は恍惚の表情で唇の周りの血をなめながら、床に転がる齋藤を見下ろす。
「ほんと、残念。斎藤君なら百点取ってくれると思ったのに、まさか漢字を間違えるなんて」
 齋藤の歯ががちがちとなった。這いつくばって逃げようにも、体は動かない。
「斎藤君は、君のクラスの誰だっけ? 名前なんてどうでもいいわね。彼よりも良かったけど、ほんと残念」
 退学になったあの男子は、直前のテストでかなり成績が上がっていたという噂があったことを齋藤は思い出す。
「そんな顔する必要ないわよ」
 美咲が人先指で、齋藤の首筋をあごに向けて撫でていく。
「退学になるだけなんだから」
 美咲の吐息を顔に吹きかけられ、齋藤は声にならない悲鳴をあげた。

 赤紙。それは絶対に退学になると噂の封書。

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