A Day of WILL

Snow Dust

 雪祭り――スノーダスト=B
 この街の、真冬に雪が降り積もった時期に行われる、大きな祭りだ。そんな祭り当日、空はたとえようのないまでに、高く澄み切っていた。
 街の広場には大小合わせて、百個近い雪の彫像が並んでいる。それこそ、広場は別世界。雪の精たちの住む世界と化す。
 入り口は巨大な門が立てられ、その両脇を雪の騎士が守っている。そんな門をくぐると、中央の噴水で水をすくおうとする翼のある天使が、微笑んで迎えてくれる。その傍らには、タキシードを着た男とドレスを着た女がワルツを踊り、その側で子どもたちがラッパを楽しげに頬を膨らませて吹いている。三角帽をかぶった小人の行進に、翼を羽ばたかせる大鷲に、火を吐かんとするドラゴン――。
 これらは何人もの芸術家が集まり、与えられた場所で、幾日もかけて思い思い創った作品である。
 そんな広場には朝早くから多くの人々が集まり、この雪の芸術を見る。広場の側にはそんな客目当ての出店が建ち並んでいる。その人ごみに小柄で華奢な少女が独り。ウェーブのかかった腰まであるブロンドの髪に、大きく愛くるしい瞳。ブラウンのドレスに、白いコートを身に纏っている。リディアだ。
 ――すごい……きれい……。
 リディアは大きな目を丸くして、口からは嘆息がこぼれた。
 クロードと一緒に見たかったな……。
 いつも守ってくれる長身の男の姿はここには無い。
 ――パーティーの準備だから仕方ないけど……。
 クロードは喫茶店『Door』を営んでいる。今日は常連客を呼んで、簡単なパーティーを催す予定だ。クロードもクリスも朝から飾り付けやら、料理の準備やらで大忙しだ。
 ――私も手伝いたかったな……。
 子どもながらにそう思う。
「せっかくのお祭りなんだから、楽しんでおいで。広場にはすごい物があるから」
 クロードはそう笑って、リディアを外に送り出した。
 ――私はもう十一歳なんだから。少しくらい手伝わせてくれてもいいじゃない?
 リディアはクロードやクリスが自分を子ども扱いしてると思っている。
 ――そりゃ、まだ子どもとは思うけど……。いつも、お店のことは手伝ってるんだよ……。
 そうかわいい頬を膨らませる。なんとなくのけ者にされているようで、おもしろくない。
 リディアが俯いているその傍らで、明るい女の子の声が響いた。
「店長、あといくつあるんですか?」
「フロウ、あと一通なんですから、もう少し待って下さい」
 フロウという女の子は歳が二十歳前と言ったところか。明るい茶色の髪をポニーテールにしている。髪と同じ色の大きな瞳は、すこし苛立っていた。店長と呼ばれた男――フェードは、二十歳半ば過ぎたところ。中肉中背で、癖のない、まっすぐ伸びた黒髪の青年だ。開いているのか分からないその目は、いつも眠そうに見える。どうやら郵便屋のようだ。
「せっかくのお祭りなんですよ。ここだって何度来てると思ってるんですか? まだろくに見てもないんですよ!」
「そうは言ってもですね。これを待っている人がいるのです。フロウも分かっているでしょう? それに今日は届けるだけで、店のほうは休みですから、時間はまだたっぷりあります」
 フェードはそう言って、肩にかけていたか鞄の中から一通の手紙を取り出す。
「それはさっきも聞きました。その時間が大切なんです。一分一秒も無駄にはできません!」
 フロウはさっきよりもすごい剣幕だ。
「それはさっき聞きました。っと、待って下さい」
 そう言って、フェードは先を行くフロウの歩みを止める。
「これは届けるのが夜になってますね。ということは――」
 フロウの顔が、さっきとはうって変わって輝いた。
 なんだかんだ言って、楽しそうな二人だ。
 二人はそのままリディアの横を通り過ぎていく。
 と、そのリディアは、
 ――あっ! これかわいい!
 しゃがまないと気付かないような雪だるまに、見入っていた。それは明らかに広場にある芸術家の創った物ではなかったが、素朴な可愛らしさがあった。
 ――そうだ! これなら私でも作れるよ! お店の前に飾ったら……。うんうん、良いアイデア、良いアイデア――。
 パーティーのために何かしたかったリディアは鼻歌交じりに、広場を後にした。
 
 スノーダストは何も広場だけで行われるわけではない。広場をメインとして、そこに続く大通りでは数日前から、大道芸やテント小屋が並んでいる。あるところでは見世物小屋が、そのとなりにはジャグラーが、またあるところでは、異大陸の珍しい食べ物を出してくれるテントが――。とにかく、どこに行っても、祭りは盛り上がっている。
 そんな大通りに多くあるテント小屋の一つ――。
「おーい、ザラム。そいつをこっちに持ってきてくれ!」
「ハイ!」
 ザラムと呼ばれたブロンドの短い髪をした細身の少年は元気よく返事をした。青い瞳はまっすぐ輝き、表情は充実感に溢れていた。
 ここは上質の銀を加工して売っている、銀細工の店だ。今回は祭りと言うことで、特別にこうして大通りに出店している。売り上げも上々で、ここ数日はプレゼントとして買っていく客が多かった。
「お前はホントに良いのか? 別に今からでもどこか楽しんできてもいいんだぞ」
 テント裏の簡単な作業場にいるザラムが、表にいる親方の所に、頼まれた銀細工を持っていく。他の先輩連中は、喜び勇んで街へ繰り出していっている。
「今は、まだいいです。もう少ししたら、一時間ほど、いいですか?」
「一時間でいいのか?」
 ザラムの言葉に面食らう親方。一時間ではせいぜい、休憩程度だ。
「ええ。今はこの仕事が楽しいですし、せっかく憶えて、集中を切らしたくないんです」
「そうか。お前は良く働いてくれるから、何かしてやりたいんだが……」
「それなら、一つお願いが……」
 ザラムが少し言い辛そうな顔をした。
「なんだ言ってみろ? 大抵のことは構わんぞ」
「えっと……」
「なんだ? 言いにくいことなのか?」
「ええ、まぁ……」
 ザラムが俯いて、言いよどんで、
「一つ、売り物を頂きたいと……」
「そうきたか……」
 親方の顔が渋面になる。
 銀は高価なため、店の決まりで、作った物は創り手の独断でどうこうすることは出来ず、原則的に売ることになっている。
「どれなんだ?」
「え?」
「だから、特別に許すってんだ。他の奴らには内緒でな。もっとも、物によるもがな」
 親方がそう楽しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
 ザラムは思わず頭を下げた。
 それからしばらくして、太陽が真上に昇る頃ザラムは、赤や黄色、白の花束を持って協同墓地にいた。墓地には当然、誰一人となく、ひっそりとしていて、遠くから聞こえてくる祭りの賑やかな声や音楽が別世界のようだった。
「祭りにはどうしても行く気にはなれなくて、ここに来ようって決めてたんだ」
 ザラムが花を供えて、かがんだまま石碑を見上げるように、そこにいない誰かに話し掛ける。ザラムは懐から飾りのない、でもどこか輝きのある銀のペンダントを取り出した。
「これ、初めて作ったんだ……。親方も気に入ってたんだぜ。もらうときなんか、『それか? うーん、そいつは売らないで飾っときたかったんだが……』ってさ。すごいだろう? だからさ……これ……お前にやるよ」
 ペンダントをそっと置く。目の前にある石碑には、シェルビィ≠ニ刻まれていた。
 ザラムは一度息を吐いて、その場をゆっくり後にした。

 そのザラムと入れ違うように墓地を訪れた男が一人。男は細身で長身、眉目の整った顔立ち。黒いロングコートを身に纏い、長い黒髪が風に揺れる。手には白い花の花束が握られていた。
「本当は、あいつと一緒に来たかったんだが……」
 男――クロードはそこで一息ついた。白い息が、霧散していく。
「これでいいのかもしれないな。あいつも、お前もさ。準備のほうもようやく一息ついたし、後は始めるだけさ。俺もピアノを弾くし、お前も来いよ。待ってるからさ。また昔みたいに、酒でも飲みながら――」
 クロードは花束を供える。空を仰ぐ。どこまでも高く、青く澄み切った空。
お前は、笑って生きているか
 どこかで声が聞こえた気がした。
 不思議と、すがすがしい気分になれた。
 クロードは優しく微笑んで、踵を返した。

 リディアは『Door』の前で、両手を腰に当てて、仁王立ちしていた。
 ――よし、始めましょう!
 まず、雪を固めてボールいくつも作っていく。次にそれを合体させて、歪ながらも大きなボールにしていく。一時間ほどでリディアの胸の辺りにまで大きくなった。リディアはそれを転がして大きくしていく。
 右へころころ、左へころころ――。
 と、前から一人のたくさんもの木の枝を両腕に抱えた少年が一人歩いてくる。なかなかバランスが取れない。
 右へよろよろ、左へよろよろ――。
 危うくリディアにぶつかるか、ぶつからないか、そんな辺りで、
「えっ?」
 少年はつるん、と足を滑らせた。
 ドンッ!
 少年とリディアは、互いにぶつかって倒れた。
「痛ぅ……」
 ――ううぅ、痛い……。
 二人はほとんど同時に起き上がって辺りを見回すと、
「うへぇ……。マジかよ?」
 ――そ、そんな……。
 雪のボールは倒れた拍子に砕けて、枝はそこら中に飛び散っていた。
 ――一生懸命、作ったんだよ……。もう少しで半分出来たのに……。
 リディアの瞳の端から涙が滲んだ。
「はぁ、せっかく森まで行って、これだけ集めたのに……。どれだけの苦労したことか……」
 少年はこの光景にうんざりした。褐色の肌に優しそうな大きな瞳、緑色の毛皮の帽子から覗く髪も、赤茶けていた。リディアよりも頭一つ分背が高く、歳は十二、三といったところだろう。
 ぐすっ……。
 鼻をすする音がして、誰かとぶつかったことを少年は思い出した。
「大丈夫かい?」
 少年がリディアの顔を覗き込む。
 ――もう間に合わないよ……。私も何かしたかったのに……。飾りたかったのに……。
 そう思うと余計悲しくなった。リディアの瞳からは止めどなく涙が溢れた。もうパーティーが始まるまで時間はあまりない。小さいものならいざ知らず、大きいものとなると、リディア一人ではもう無理だった。
「なあ、顔あげて。どっか怪我でもした?」
 少年の方はうろたえていた。どうも年上の自分が、泣かせてしまったような感じがしてならない。
「そうだ。ちょっと待って」
 少年はかがんで、雪をかき集めて何か作り始めた。
「ここをこうして、これこれでこうして。こいつを二つ……」
 ――何を作ってるの……?
 少年のことが気になって顔を上げると、
「出来た! どう? かわいいだろ?」
 照れくさそうに、片手で鼻の頭をこすりながら少年が差し出した手の上には、雪うさぎが乗っていた。
 ――かわいい!
 リディアはひと目でそのうさぎが気に入った。
「この赤い瞳が良いだろ? 俺の拾ってきた枝にまだついてたんだ」
 リディアは少年の手の中のうさぎを撫でて、少年に微笑んだ。
 ――かわいいよ、うさぎ。
 少年の照れくさそうに笑った顔は、どこかかわいらしい。少年はうさぎを道の端において、
「へへへ……。ぶつかってごめん。泣いてたけど、どっか怪我でもした?」
 リディアはふるふると首を振った。
「じゃあ、どうして?」
 リディアは両腕をいっぱいに、背伸びをしてまわす。
 ――こんなに、おっきな雪だるまをつくりたかったんだよ。
「それじゃ、分かんないよ。えっと……。俺はジャン。君は?」
 ――私はね――
 そう、声にしようとしたが、声にはならなかった。仕方なく、落ちてる枝で、雪の上に書いていく。初めて書けるようになった、自分の名前だ。
 ――私の名前はね……リディアって言うんだよ。
「リディアか。いい名前だね」
 ジャンが優しく笑った。
 ――えへへ……
 ほめられて、照れくさくて俯くリディア。
「リディアはお話が出来ないんだ?」
 こくんと頷く。
 ――うん。でもあんまり気にしてないよ。
「それで、リディアは何をしてたんだい?」
 リディアはもう一度、腕を大きく回したが、ジャンにはそれが何なのかわからない。
 ――何か……そうだ!
 リディアはしゃがむと、砕けた雪のかけらを二つ、小さい方を大きい方の上に乗せた。
「ああ! リディアは雪だるまを作ってたんだね」
 ――うんうん。
 リディアは分かってもらえたことが嬉しくて、何度も頷いた。
「それを俺が壊してしまったと。そういうことか。じゃあ、俺も雪だるまを作るのを手伝うから、リディアも枝を拾うのを手伝ってくれるかな?」
 ――うん、わかったよ。
 リディアは大きく頷いた。

「リディア?」
 ――クロード、お帰り!
 リディアが転がしている雪のボールから顔をひょいっと出した。
「雪だるまを作ってる? それにしても、でかいな……」
 クロードの顔に驚きの表情が浮かぶ。
「そっちの男の子は友達?」
 ――うん! 手伝ってくれてるんだよ。
「どうも、ジャンと言います」
「そこで喫茶店を開いているクロードです。良かったら、一杯どう? リディアの友達と言うことでおごるよ」
 リディアが心配そうにジャンを見上げる。
「いえ、これを作ると約束したので、そのあとで」
 ジャンはどこか緊張してそう答えた。
「いや、それでぜんぜん構わないよ」
 ジャンの答えに、クロードはどこか嬉しそうに笑った。
「私も手伝うかな?」
 ――だめ! これはジャンと一緒に作るんだよ。クロードは店の中なんだよ。
「ちょっと、リディア? どうしたんだ?」
 リディアはクロードのコートの裾を掴んで、引っ張る。
「ちょっと兄さん、やっと帰ってきたわね! まだやらなくちゃいけないことはあるんだから、少しは手伝ってよ!」
 店の窓から褐色の肌の女性が顔を出した。クロードの妹のクリスだ。
「リディアはまだ外で遊んでて! 兄さん急いで!」
 クロードは「わかった、わかった」と渋々戻っていく。ジャンとリディアは顔を見合わせて笑った。
 空が赤く染まっていこうとする頃――
「リディア、もう良いだろう。頭を乗せよう」
 ――うん!
 頭と胴体を店の入り口まで転がす。二人で頭を持ち上げるけれど、意外と重い。
「よっせいっ!」
 ――えいっ!
 頭を何とか乗せる。リディアの身長よりも少し高い、雪だるまが出来上がる。
「よしっ!」
 ――やったよ。出来たよ!
 二人で顔を見合わせて、笑いあう。
「後は、これを……」
 ジャンがあつめた枝をそっと雪だるまの胴に差し込む。
 ――いいの?
 リディアが心配そうに、突き刺した枝を指さす。
「心配してくれるの? いいよ、少しくらいなら、大丈夫」
 ジャンはにっこり、心配そうなリディアに笑いかけた。
「なかなかいいのが出来たじゃない? これ使って顔でも作ってあげて。のっぺらなままじゃ、可哀想だよ」
 クリスがまた窓から顔を出して、ちょうどいいサイズの炭をリディアに手渡す。
 ――ありがとう、クリス。
「リディア、顔を作ってみて」
 側にいるジャンがそう声をかけた。
 ――いいの?
 リディアが不思議そうにジャンを見上げる。
「俺は手伝ってるだけだよ。一番頑張ったのは、リディアなんだから」
 ジャンは優しく微笑む。 
 ――えへへ……。
 少し戸惑いながらも、リディアは背伸びをして、雪だるまに魂をいれていく。
 ――できたよ!
 ほんの少し、いびつだけど、どこか優しそうな表所の雪だるま。
 どう? 不安そうにジャンを見る。
「とってもいいよ。優しくて、この祭りにぴったりだ! それじゃ俺はこいつににこれを」
 ジャンはかぶっていた深い緑色をした毛皮の帽子を雪だるまにかぶせた。
 ――私はこれだよ。
 ジャンをまねてリディアがピンクの毛糸の手袋を、枝につけた。
 ――これで完成だよ。やったよ!
 リディアがジャンに向かって無邪気に微笑んだ。夕陽が反射して、本当に輝いているように見えた。
 ――なんだろう、この感じは?
 ジャンはそんなリディアの笑顔から瞳が離せないでいた。
 ――あっ!
 そのとき、思い出したようにリディアが道の端に駆けた。
 ――これも一緒だよ!
 手には、ジャンの作った雪うさぎが乗せられていた。
「じゃあ、それはここで、どう?」
 ――うん!
 ジャンの指差したところ、雪だるまの隣に、ちょこんと雪うさぎが並んだ。そして二人で顔を見合わせて笑った。
「リディア、これをその雪だるまにかけてちょうだい」
 見計らったようなタイミングで、クリスが三度、顔を出した。手には木板が握られていた。木板にはこうある。
Door SNOW DUST PARTY
 それを見てリディアは大きく頷いた。
 ジャンはリディアが雪だるまに木板を飾っているのを見ながら。言った。
「雪だるまも出来たことだし、俺はもう帰らないと。あれを持って帰らないと。親に頼まれたんだ、薪を取ってきてくれって」
 ジャンが枝を指差す。
 リディアがすごく悲しそうな顔をした。
「また来るよ。この帽子を取りに来なくちゃ」
 ジャンは優しく笑った。
 ――うん。仕方ないね。また今度だね。あっ、そうだ。ちょっと待っててね。
 リディアが店の中に駆け込んでいく。
「リディア?」
 仕方なく立ち尽くすジャン。リディアはすぐに戻ってきた。手には赤い毛糸の帽子とマフラーが握られている。
 ――寒いから、これ。
 よほど急いだのだろう、息も絶え絶えににっこり笑うリディア。
「ありがとう、リディア」
 ジャンはにっこり笑って、リディアの頭を撫でた。
 ――えへへ……。またね!
 二人とも、ずっと外にいたから、鼻の頭や頬が赤くなっていた。
 辺りはもうすっかり暗い。遠く西の空に、大きな雪雲が浮かんでいる。
「じゃあね、リディア」
 たくさんの枝を両腕に抱えると、ジャンはゆっくり歩き出した。リディアはジャンの姿が見えなくなるまで見送っていた。
 しばらく歩いて、ジャンはふとリディアの笑顔を思い浮かべる。
 表情がころころ変わる娘だったな……。
 ジャンの表情のついにやけてしまう。
 今度また、遊びに行こうっと。
 リディアのことを考えると、不思議と心が楽しくなるジャンだった。

 『Door』――。
 店内は常連客で一杯だった。
 リディアはこの客達の人気者だ。
 ここでは言葉が話せないことなど、些細なことでしかない。みんなリディアの笑顔が好きなのだ。
 そんなリディアは今日作った雪だるまを、身振り手振りで一生懸命に客達に自慢していた。
 クロードはそんな様子をカウンターからほほえましく見守っている。
 そんな中、カウベルが鳴った。
「なかなかの盛況ぶりだな」
「おじさん、いらっしゃい!」
「おう、クリス、邪魔するよ」
「来てくれましたか」
 クロードとクリスの顔が本当に嬉しそうにほころんだ。
 この体格のいい中年の男――ヤンは、この街で唯一、クロードとクリスの過去を知る人物で、この街で、自警団の隊長を任されている。ヤンはカウンターの一番角、いつもの場所に腰を落ち着かせた。
「嬢ちゃんも明るくなったな。さっき、寒いのに外の雪だるまを一生懸命自慢してたよ」
「ええ、話せないことなんて、ぜんぜん苦になってないです」
「それは何よりだ。嬢ちゃん見てると、人生に希望が持てるよ」
 ヤンはしみじみ語る。
「今日は、飲みましょう」
 クロードはそう言って、グラスを四つカウンターに置いて、ブランデーを注いだ。この男とクリス、クロード、そして――。
「何に乾杯しますか?」
 クロードが聴く。
「そうね……」
「決まってるさ。未来だよ。嬢ちゃんの未来。クリスの未来、クロードの未来、もちろん俺の未来、ここにいるみんなの未来だ。辛い昨日を忘れないで、明日に希望が持てるように――」
 ヤンが淡々と語る。
「いいですね、それ」
 クリスが笑う。クロードも横で微笑んだ。
「それじゃ、私たちの未来がこれからも、明るく輝きますように――」
『乾杯!』
 そこにリディアが外から帰って、ヤンの横に座る。
 ――乾杯? 私もする!
「嬢ちゃんもするか。そうだな、もう一回やろう。何回やったっていいさ」
 ヤンがそうにこやかに笑った。
 クリスがもう一つグラスを準備して、その中にブドウのジュースを注いだ。
「では、嬢ちゃんの未来に――」
『乾杯!』
 ――乾杯!

「こんなところ、私、初めてです」
 緊張した声音でフロウがフェードに耳打ちする。
「私もですよ」
 そうは言いながらも、フェードの方はいたって落ち着いている。
 二人は今、この街の中でも有名な、街を一望できる五つ星レストランに来ていた。木々をこげ茶色に塗ったロッジのような店内には、二十ものテーブルが並び、そのテーブルの全ては、今日のために予約してきた客で満席である。さらに、中央にはステージがあり、管弦楽団がその音色を響かせている。
「よく予約できましたね。しかも、こんな窓際」
「運が良かったんですよ」
 フェードが、おもしろそうに窓から街を見下ろすフロウを見て、にっこり笑った。
「お客様、十八年もののワインです」
 ウエイターがワインを運んで、そのままグラスにそっと注いだ。
「では、乾杯を」
「えへへ……」
 恥ずかしそうに、フロウがグラスを上げた。
「これからも、多くの想いが届きますように――」
『乾杯』
 カーン……。
 グラスの透き通った音が、二人を包んだ。

 パーティーも終わり、『Door』も落ち着きだした頃――。
「こんばんわ! 郵便屋の『リエゾン』です。手紙を届けに来ました!」
 クロードは最後に一曲を弾こうとピアノの前に座っているし、クリスはカウンターの中にいた。仕方なくリディアが出て行くと、若い女性を背負った、二十歳過ぎの男性が外に立っていた。
「リディア様宛ですぅ」
「フロウは出てこないでと、あれほど! まったく、酒なんて飲ませるんではありませんでした。どうもすいません、こちらにサインを――」
 郵便屋はリディアに手紙を渡すと、頭を下げてそそくさと帰っていった。
 ――一体誰からだろう? 私に手紙なんてくるはずないのに……。
 封筒の裏を見ると、
――クロード?
 差出人の名前はクロード。リディアはクロードに教わって、もう大体の文字を読むことは出来る。リディアは思わず、その場で封を切った。
 そしてクロードの曲が、静かに始まった。
 曲名は……『MEMORY SNOW』

『リディアへ
 
 お前は覚えているか? 俺達が出会った日のことを?
 あの雪の降る日、お前を助けたのは本当に偶然以外の何もでもなかった。あそこでぶつかったお前が、どうしても放っておけなかったんだ。

 外はいつしか、粉雪が静かに振り出していた。雪が家からこぼれる明かりに白く反射する。

 ――ただ、今にして思えば、あのときお前に出会っていなければ、俺はいつまでも、過去と向き合うことが出来なかっただろう。独りでいるにはもう辛すぎたんだ。あの頃は自分自身が許せなくて、幾度となく死のうと考えていた。

 年頃の娘を背負って、轍を歩く男――フェード。
「フロウ、いい加減にしてください! 起きてください!」
「店長、大好き……むにゃ」
「まったく……」
 フェードはあきらめて、大きな溜め息を吐いた。
 
 ――あのときお前と出会えて本当に良かった。お前が俺の中に光を差し込んでくれた。お前は憶えているだろうか? あの日、俺の腕にすがったときのことを。不思議な気持ちだった。自分を求めてくれたことが――。

 銀の光に雪が反射する。
「ふぅー」
 ザラムがゆっくり息を吐いた。今作っているのは指輪だ。ほとんど仕上げの状態に入っている。少し手を止めて外を眺める。
「雪か……。明日も寒くなるな」

 ――これから、お前はさまざまな人と出会い、多くのことを学んでいく。でも、ただ後悔だけはしないでおくれ。自分の正しいと思うことを、胸を張ってやっておくれ。決して歪むことなく、まっすぐに――。

 ジャンは窓の外に舞う雪を見ながら、今日あったリディアのことを思い出す。ふと、笑みが自然とこぼれた。
 ――会いたいな……。

 ――お前は俺の中に咲いた花のようなっだ。白い真っ白な花だ。お前の笑顔がいつも助けてくれる。いつまでもそのままの無邪気な笑顔を忘れないでくれ。

 ピアノの旋律だけが優しく響く。他には何一つ聞こえない。
 リディアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。嬉しい。ただ嬉しい。

 ――お前がここに来てもう一年になる。
 だから、これだけ、最後に言わせてくれ。
 ありがとう、リディア。
 そして、お前がいつまでも幸せで、笑顔のままでいられるように――
             
             クロードより』
 
 ピアノの旋律が静かにやんだ。
 ――クロード、クロード……。
 リディアは駆けでして、クロードの背中に抱きついた。
「どうし……? そう、読んでくれたんだ。ありがとう、リディア」
 ――ありがとう、クロード……。私もね、クロードに話したいこと、たくさんあるんだよ。
 クロードの大きな手が、リディアの頭を優しく撫でた。

「また、降り出しましたね……」
 フェードは立ち止まって、空を見上げる。街もひっそり静まる時間――。
「店長……?」
 フェードの背中で、眠たい目をこするフロウ。
「起きましたか、フロウ? だったら、もう降ろしてもいいですか? 先ほどから腕が痛くて」
「えっ? あ! ハイ……」
 フロウが状況を把握して、恥ずかしそうに、フェードの背中から降りる。
「あっ、雪……また、降ってきたんですね」
 フロウが漆黒の空から舞い散る雪を見上げる。
「ええ、先ほど、降り出しました」
「やった」
 フロウが空を見上げたまま小さく、ガッツポーズをとる。
「どうかしましたか? って、うわっ!」
 フロウが嬉しそうに微笑みながら、突然フェードの腕に飛びつくと、その腕を組んだ。
「フロウ、どうしたんですか?」
「何でも、ないですよ。さぁ、帰りましょう、店長」
 嬉しそうに笑って、二人は肩を並べて歩き出した。
 静かに粉雪が舞う。
 祭りの騒ぎが嘘のように寝静まった夜――。
 せめて、一人でも多くの人が、今、このとき幸せでありますように……。

A Day of WILL "Snow Dust" end

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