裸で何が悪い

  一九時四八分、『彼女』は一軒のスーパーの前に立っていた。駐車場のタイヤ止めに乗って、店内の様子を窺う。まだまだ店内に客は多い。
 恭司がそろそろ新しい刺激が欲しいっていうのは、分からないでもないのよ。私だって、恭司が喜ぶんなら頑張りたいし、気持ち良いほうが嬉しいっていうか、えへへへ。
 『彼女』こと、真由美は怪しい笑いを浮かべる。頬を赤くして真由美が、右腕の腕時計に目をやると、長針が一つ進んだ。所の狭しと商品の並ぶ、大型スーパー内の客がはけるのが、二十時。計画の予定時刻まで十一分。綿密なリサーチの重ねた末に出した結果だった。
 ここのキャラクターって、どうしてペンギンなんだろう? っていうか、深夜までやってます、みたいな感じで、あのペンギンは絶対、すけべよね。赤い、サンタクロースがかぶってる帽子までかぶって。実際、エッチなのも売ってるけど。
 真由美がスーパーを見上げると、黄色い外壁にそのペンギンが、手、いや翼を上げているわけで、その足元の「激安の殿堂」と大きな看板まで一緒に、ライトと照らされている。その闇の向こう側は、照明が強いせいで星は見えず、闇のままだ。月はまだ昇ってきてもいない。
 なんだかんだ言っても、彼氏のために、こんなことまでやるなんて、私って健気よね。こういうのを尽くすっていうんじゃないかしら? 料理だって、結構な腕なんだぞ。それなのに、恭司ときたら、「まあまあ」って。そりゃ、恭司にもプライドがあるだろうし、素直に「美味しい」って言えないのが分かるけど、そこはなんだかんだで、最後は「美味しい」って言ってくれないと、私としては立つ瀬がないっていうか、「もう次は作ってやらないぞ」とか言いたくなっちゃうっていうか、実際仕方なく、ねぇ、つい怒っちゃって言ってしまったけど、そういう女心は分かってもらわないと、このあとずっと付き合っていくことを考えたら、私は苦労するんだろうな。
 思わず溜め息が漏れて、その場に真由美はしゃがみこんだ。さすがにこの時間帯になると冷え込んできた。真由美は、剥き出しの白い両膝を両腕で抱える。駐車場の車も減ってきている。リサーチどおりといったところだろうか? あと五分で目的の時間となる。
 でも、女の子がコスプレの衣装を買うのって、どうかしらね? あーやっぱり恥かしい。なんかドキドキする。っていうか、なんのコスプレを買うか、決めてなかった! 何があるんだっけ? 男の人が好きそうなのは、やっぱり制服? 制服なら、女子高生よね。ブレザー? セーラー服? セーラー服なら実家にあるわよね。なら、ブレザー? でも女子高生なら、スクール水着とか体育服とかも好きな男の子もいるらしいし、あれの何がいいのか分からないけど? 
 真由美は、店内の目的のコーナーのグッズを思い浮かべる。
 あ、メイド服とか看護婦さんとかもあったわよね。チアガールとかもあった気がする? あ、アキバ系ってこと? そしたら、「おにいちゃん」とかでも言ってればいいのかしら? そもそも恭司は何がいいのかしら? なんでも喜びそうな気がするわね。どうせなら私も楽しめるほうがいいし。うーん、バニーガールとか、あ、巫女さんっていうのも楽しいかも。「汝には邪気が憑いている。祓って、あ・げ・る」なんちって。っていうか、あそこまでどうやって行こう? 無駄に回り道? 最短一直線? 買うときは他のものと一緒に、でも、やっぱり何を買ったらいいんだろう? 決められないし。メイドでしょ、巫女さんでしょ、えーっと――。
「何、百面相やってんだ?」
 ぐいっと真由美の目の前に、顔が出てくる。
「ひゃっ」
 真由美は思わず声を上げて、そのまま後ろにしりもちをつく。
「痛っ」
「悪い、悪い」
 真由美の前に現れたのは恭司だった。恭司が差し伸べてくれた手を取りながら、真由美は立ち上がる。
「ったく、一体なんなのよ?」
 軽く尻を叩きながら、真由美を口を尖らせてみせる。
「メールで買い物に行くって、言ってたからな。それより危ないぞ」
 あ、まさか私のことを心配して、ここまで来てくれた? メール作戦成功?
 真由美は思わず、体温が上がっていくのを感じる。
「こんな感じで、体をくねらせるのは」
 恭司が両頬に両手を当てて、気持ち悪く体をくねらせてみせる。
 あんたって人は、私がどれだけ悩んで、恥かしい思いをしてでも、あんたのためにって! エッチを我慢するのは、一週間が限界だなんて言うからっ!
 真由美は左手に拳を作る。それでも、右手でわなわなと振るえる左手を押さえて、まだ我慢する。
「しかも、何かエロい表情までして、一体何、考えてたんだ?」
 真由美の頭の奥で、何がが切れた音が、はっきりと聞こえた。
 真由美は恭司に歩み寄ってキスをするように、すっと顔を近づける。次の瞬間――
「な? ぐはっ!」
 何かがのめり込むような鈍い音ととともに、苦悶の声が漏れる。恭司の体がくの字に折れる。真由美の左拳が、恭司の無防備な右脇腹、肝臓付近めがけて、角度をつけたショートアッパーとなってめり込んでしまっていた。
「どうせ、私の胸は、おっぱいは手のひらサイズですよ。えーえー、金魚すくいのもなかにも、勝るとも劣らないサイズですよ。だいたいあんたでしょ。私のみすぼらしい裸よりも、コスプレのほうが萌えるって言ったのは! そんなにおっぱいの大きな彼女がいいなら、浮気でも風俗でもなんでもやればいいじゃない?」
「だれもそこまでは……」
 もはや困り顔で、悶絶する恭司のことなど知ったことではない。
「恭司が悪いんだからね。服を着てエッチしたいだなんて! この変態! そんなに私のおっぱいが見たくないか!」
 恭司は膝を付く。痛みというより、理不尽なのかどうかもわからない言葉に。
「真由美の、そのおっぱいは可愛いと思うのです。じゃなくて、確かにコスプレをしてほしいとは言ったけど……」
 なんとか言い返そうと、落ち着けと、恭司は必死に真由美に腕を伸ばす。スーパーの明るいテーマソングがやたらと虚しい。店から届く照明のおかげで、真由美には訳がわからないといった感の恭司の表情が良く見える。真由美はそんな跪く恭司を冷たく一瞥して、
「ねぇ、恭司、エッチするのにね――」
 にっこり笑いながら、止めを刺してあげた。
「裸で何が悪い」

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